考えない頭になる練習をしていた私

2010年01月24日

なぜ私がどんぐりを良いと思うのか?
理由はたくさんありますが、そのひとつに、自分自身がせっせと計算問題をしていて算数がわからなくなった経験があるから、ということがあります。

今でもよく覚えています・・・小学校に入学した頃の、とにかく勉強することが楽しくて嬉しかったウキウキするような気持ち。
その当時の担任の先生は、計算問題の小テストを定期的にしました。
小学生になったばかりの私は、小テストに備えて、帰宅後に毎日計算問題。
だから、計算問題の小テストの点数が常に良かった。

大人になってから母に聞いた話。
当時の担任の先生が、なぜ私の点数がいつも良いのか私に聞いたら、「毎日家に帰ったらすぐに計算問題をするんだよ」といったそうな・・・。

その頃の両親は、勉強についてうるさくいうタイプではありませんでした。
決して押し付けられて毎日計算問題をしていたのではないことだけは断言できます。

でも学年が上がるにつれて、だんだんと算数がわからなくなっていきました。
文章問題や図形問題がわからないのです。
不思議なもので、わからなくなり始めると両親もあれやこれやのドリルなんかを購入して、やるように勧めるようになりました。
それらのドリルをやりました。

振り返って思うに、本当に少しずつ算数がわからなくなっていきました。
劇的にわからなくなるわけではありません。
でも確実に、わからなくなる量が増えていったように思います。

そんな私ですが、国語は好きでした。
毎年、新しい教科書が配られるとすぐに読み始めるくらい。
本を読むことが大好きで、一時期はお風呂に入ることより本を読むことを優先して、よく母から怒られていました^^;
だから、文章問題ができない理由と読書は無関係であるということは、私の中で実感としてわかっていました。

2009年3月、どんぐり倶楽部に出合って、やっとわかったのです。
「なぜ算数がわからなくなってしまったのだろうか?あんなにやっていたのに・・・」という私の長年の疑問が。

一生懸命、がんばって考えない頭になる練習をしていたんだってことがわかったのです。
そのことがこの年になってわかったことがとても嬉しかった。


幼ければ幼いほど方法(過程)が大切なのです。なぜなら成長過程にある幼児は吸収力があるだけに方法そのものをもまるごと吸収してしまうからです。手抜きをすれば手抜きを全てマスターするのです。表面的な力を求めると見事に表面的な力だけを付けてしまうのです。見当外れの無意味な(価値のない)達成感(快感)を味わった幼児は、無意味な行動でも達成感(快感)を得るために反復行動をとるのです。幼児期の教育は一生を左右します。従って、反射的な単純作業の反復は必要最低限とすることが肝要なのです。ですから、幼児期の高速単純計算は厳禁なのです。ところが今でも「高速計算練習」を小学校低学年で実施している人がいます。これでは思考力の基本を育てるべきときに、思考力の養成とは全く反対の条件反射力(考えない力)を育てていることになります。これでは幾ら時間があっても「考える力」を育てることはできません。そして、この条件反射教育は将来的には短絡的な考え、幼稚な判断しかできない幼児大人を作ってしまいます。一度「考えない頭」に育てられた子供を軌道修正するには大変な労力を要します。
http://homepage.mac.com/donguriclub/tri.htmlより


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